思えば、空き地のガキ大将がいなくなって久しい。
あいつら どこで何をしているのか。
やっぱりゲーム三昧か。
あの空き地には
年齢的な序列のほか、
特異な能力別序列があった。
なんだか知らないが、説得力ある物知りがいたり、
やたら暴力に頼る奴がいたり、
媚びへつらう輩もいたように思う。
だが、 たとえ年少であっても
秀でている なにか真似できないものがあれば
素直に 認めていたような そんな記憶がある。
そうして 絶妙なバランスで 遊びが展開していた。
親とも兄弟とも違う、 つかず離れずの つきあいなのだ。
絶対に いまどきのゲームでは 体験できない 人と人との
えもいわれぬ コミュニケーションが そこにはあった。
自らの成長と
取り巻く人々との かかわりを 絶妙なバランスで調合する
なんとも素晴らしく壮大なレシピで
あらゆる子どもたちが 育まれていたのだろう。
秋葉原の事件を始め 心痛むことが多いが
彼ら若者にだけ 責任を問うのは どうか。
彼らから 空き地や すばらしいレシピを 奪ったのは
良識ある(と思われている)大人なのである。
空き地がないときの 殺伐とした今こそ 教育のあり方を
早く修正しなければ 「彼ら」が また
加害者になり そうして被害者となる。
商品券など 用意しているときではない。
汚れた金券で 子どもがまた 裏切られた。
大人になりたくないと 思わせているのは
我々なのだ。
商品券で 空き地は 買えないか。
せめて 責任の取り方を 見せてやってほしい。
コメント
子供にとって一番身近な環境は家庭です.空き地があったとしても,家庭環境がめちゃくちゃであれば,空き地での出来事もめちゃくちゃになる可能性があると思われます.社会全体として空き地問題に取り組むのも良いと思いますが,それ以前に家庭に問題があります.しかし,家庭にはなかなか踏み込めないといった現状があるのも事実です.そこが問題だと思うのです.地域の中の1つの家庭であり,地域全体で1つの家庭をも見守る・・・そんなことが必要なのかと思います.お互いに関心を持つ,そして気になったらおせっかいでも口出しちゃう,しゃしゃり出ちゃう・・・それが求められているのかもしれませんね.
taichan_101さん
コメントありがとうございます。
おっしゃる通りなのですが、
なぜ今のニッポンがこういう状況なのか、
どうしたら解決するのか、
是正の方法は簡単には見つからないでしょう。
ニッポン人の曖昧さが
問題を見え難くしているのかもしれません。
「なぜなぜ」を繰り返し、
コンセンサスが得られる手立てを見出せば、
少なくとも現状より良くなることは明白です。
ニッポンが欧米に見習うべきは
そんなロジカルな展開でしょう。
教育にも鋭いメスが入っているようです。
一つひとつ、良いと思ったことを実現することが求められます。
「空き地」は抽象的な言い回しでしたが、
コミュニケーションの手段を皆で議論し
良い関係を創造していく為に
何をすべきか。
具体的提案がどんどん出てくる
そんな元気なニッポンに
しなければいけません。
少しずつでも良い
何かを変えて行きましょう。
またご意見を頂ければ幸いです。